AIに負けない開発者のあるべき姿 :Closing Keynote解説 | AWS re:Invent 2025 現地レポート
ラスベガスで開催された AWS re:Invent 2025 に参加し、CTO の Werner Vogels 氏によるクロージング基調講演「A Special Closing Keynote with Dr. Werner Vogels」を現地で聞いてきました。この記事では、基調講演の中で開発者目線で印象に残ったポイントをまとめます。
Q: Will AI make me obsolete?
―― A: Absolutely not.
冒頭で Werner さんがはっきり否定していたのが、この問いです。
「 AIは開発者を時代の置き去りにするのか? 」
答えは “Absolutely not”

彼の主張を開発者視点で要約すると、
- ツール(コンパイラ、IDE、クラウド、そして AI)は常に進化してきた
- それに合わせて 開発者のスキルと役割も進化してきただけ
- 重要なのは「ツールが何をするか」ではなく、「自分が何を成し遂げるか」
アセンブラや COBOLの時代から、オブジェクト指向、モノリスからマイクロサービス、オンプレからクラウド、Visual Studio から VS Code、そして今は Cursor や AI コーディングアシスタントへ——
ツールは変わっても、「ビルダー(開発者)が世界を作る構図は変わらない」というメッセージが一貫していました。
開発者としての自分の価値を、「書いたコード行数」ではなく「問題解決能力と判断力」に置き直す必要がある、と強く感じました。
「ルネサンス開発者」というフレームワーク
Werner さんが今回提示したキーワードが 「Renaissance Developer」(ルネサンス開発者) です。
ルネサンス期の科学者・芸術家を引き合いに出しつつ、これからの開発者に必要な資質を 5 つに整理していました。
「Renaissance Developer」(ルネサンス開発者)とは:
- is curious (好奇心に溢れている)
- thinks in systems (システム思考を持っている)
- communicates (コミュニケーションを大切にする)
- is an owner (オーナーシップがある)
- is a polymath (博学者である)

Kiro に見る「仕様駆動開発」と AI 時代の設計
中盤では、Kiro チームの Clare さんが登壇し、Spec-Driven Development (仕様駆動開発) の話がありました。
なぜ「スペック」が必要か
AI コーディングアシスタントを使っていると、こんな経験があるはずです。
- ざっくりしたプロンプトを書いてコードを生成
- 動くけど「自分が本当に欲しかったもの」と微妙に違う
- 結局、コード側を何度も修正・リトライして疲弊
Clare さんが気づいたのは、「AI に渡す文章をどんどん長く、詳細にしている。これはもう “仕様書(Specification)” なのでは?」ということ。
つまり、AI 時代の開発では、いきなり「コードを直す」のではなく、先に「仕様の解像度を上げる」方に時間をかけた方が効率が良いという発想です。
ポイントは、AI の精度云々よりも、「開発者側の表現方法」を変えたところです。
AI に対して「自然言語で “なんとなく” 伝える」のではなく、自然言語だけれども構造化された仕様に落として伝える、という設計思考が重要だと感じました。
オーナーシップと「仕組み」としての品質
Werner さんが繰り返し強調していたのは、AI 時代の開発における責任の所在です。
「AI がコードを書いたからといって、“AI がやりました” は通じない。仕事の責任はツールではなく、あなた自身にある。」
ありきたりなスローガンだけでは不十分で、CI/CD、テスト自動化、耐久性レビュー、コードレビュー文化 といった「やらざるを得ない仕組み」を組み込まなければ品質は安定しません。
AI コード生成に対しても同様で、
- AI が生成したコードを人間がレビューする前提のプロセス
- Spec-Driven Development で仕様と実装を照合するステップ
- 自動テストとステージング環境での検証
こうしたメカニズム込みで初めて、AI を本番系の開発に組み込めると感じました。
T 字型エンジニアとしての広がり
最後のパートでは、「Polymath」の話が出てきました。
- 一つの分野に深い「I 字型」ではなく
- 深さ(1 本)+幅(横に広がる知識)を持つ「T字型」が理想

Werner さんの例として出てきたのが、トランザクション理論で有名な Jim Gray氏。彼はデータベースの世界的な専門家でありながら、ビジネス・人・他分野の技術への理解も深かったと紹介されました。
AI 時代の開発者に求められるのは、特定技術の深い専門性に加え、システム全体の構造・ビジネスインパクトまで含めて横断的に理解し、「自分のコードが全体にどう効くか」を考えられる力だと感じました。
Closing Keynote の最後の言葉として、「お客様は、あなたのデータベースエンジニアリングがどれだけ素晴らしいかを褒めてくれることはない。 だからこそ、自分たちの仕事に自分たちで誇りを持つことが重要だ。」という一節がありました。
AI がどれだけ進化しても、見えないところでシステムを支え続ける “プロとしての誇り” が、開発者のコアな価値であり続ける——そんなことを再確認させられる Keynote でした。







